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1型DMとバセドウ病の持病を持つ管理人のブログ
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昔の話(6) 退院して残りの中学校生活
昔の話(6) 1990/11~1991/03 退院して残りの中学校生活

退院してすぐに低血糖の嵐に見舞われました。インスリンの注射量が病院での生活リズムにあわせてあったからです。1週間後の退院後の初外来までに7日のうち4日で午前中に低血糖症状が表れました。当時は自分でインスリンの注射単位数を変えるのはプラスマイナス2単位までしか主治医から許可されていなかったので、初外来で朝食前18単位、夕食前10単位となりました。初外来の2日後には軽い風邪で発熱して再び外来へ行き風邪薬をもらいました。その後1週間ぐらい食前血糖値が120前後のところ200台が続きました。

前にも書きましたが高校受験がありませんから、学校生活は何とかやっていました。高校受験があれば、ストレスで血糖値が上がっていたかもしれません。担任の先生など学校には病気の事を話してありましたが、クラスの友達には同じクラブの一部の人以外にはほとんど話しませんでした。

退院後も定期検診は4週間に1回ペースでした。年が変わって1991年になるとハネムーン期に入ったのかインスリン注射量が減少してきました。1月末頃には朝食前12単位、夕食前2単位でも就寝前に低血糖が起こる日もありました。ちなみに、この頃の朝食前と夕食前血糖値の平均はどちらとも120前後でした。(血糖測定は1日2回でした。)
2月も朝食前12単位、夕食前6単位と記録してあります。
3月に入るとハネムーン期が終わったようで、朝食前18単位、夕食前10単位に戻りました。そして、無事に中学校を卒業しました。
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昔の用具(2) グルコスター
私が初めて手にした血糖測定器が「グルコスター」です。
現物が手元に残っていないので、昔の血糖測定記録用紙の裏にあった広告の画像です。

グルコスター(広告)
グルコスターの広告

簡単に使用方法を述べると、記録紙に血をたらしてスタートボタンを押します。30秒経過する時に合図があるので、記録紙をティッシュペーパーで軽く拭いて表面に残っている血を吸い取り、20秒以内に測定器に差し込むといった機械でした。

ティッシュペーパーによる記録紙の拭き取り方が私には難しく、強く拭くと記録紙の表面がはがれてしまい、血糖値が低く表示されました。
昔の用具(1) ノボペン2
私が初めてインスリン注射をしたときの注射器が「ノボペン2」です。
1本目が駄目になって、2本目も「ノボペン2」でした。2本目の「ノボペン2」は1本目と違いマイナーチェンジされていました。

こちらの画像は1本目、私にとっては初代「ノボペン2」です。
ケース
ケース


本体
本体


ふたを開けた状態
ふたを開けた状態


ケース内部
ケースの内部


当時は注射器ケースも使用していたので、外のシールや文字が消えかかっています。
注射器の設定は1回2~36単位で2単位刻みで、耐用年数は1年!
注射方法は空打ちの後に注射量を単位設定し、「単位合わせ」右側のつまみを手前に90度回して「注射」に合わせます。ボタンを押せば注射終了です。

初代「ノボペン2」はカートリッジを支えるプラスチックが割れて、2本目(マイナーチェンジ版「ノボペン2」)に交換となりました。
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昔の話(5) ついに・・・2回目の入院、そしてインスリン注射開始
昔の話(5) 1990/10/19~1990/11/7 ついに・・・2回目の入院、そしてインスリン注射開始

1990/10/18の定期検診で尿中にケトン体が出ており、「食事療法だけでコントロールするのは無理になったのでインスリン注射をした方が良い」と言われ、2回目の入院する事になりました。
1990年4月には44kgあった体重も39kg台までダウンしていました。入院して毎食前に血糖値を測定するように言われました。

そして1990/10/23からインスリン注射を始めました。「ノボペン2」をもらって使い方を看護士(当時は看護婦)さんから習い、注射を始めました。最初は怖くて躊躇した事を覚えています。ちなみにインスリン製剤は「ペンフィル30R」、注射部位は腹部に皮下脂肪が全く無かった事から左右の太ももにしました。

インスリン注射を始めてから1週間、学校に行き始めるとインスリンの注射量が変わるだろうという事で、学校に1日だけ試験的に登校しました。
今だから話しますが、外出許可をもらった時に菓子パン4個くらい食べて高血糖になり点滴を打ってもらいました。(その時の血糖値は「600」ぐらいだった。) それだけ食事療法にストレスを感じていたということです。

試験登校した1週間後に退院となりました。退院時の注射量は「ペンフィル30R」を朝食前が24単位、夕食前は14単位となりました。
昔の話(4) 膵臓からのインスリン分泌量が減っていく・・・
昔の話(4) 1990/1~1990/9 膵臓からのインスリン分泌量が減っていく・・・

退院時に、外来に2~3週間に1回来る事、朝食前に自己血糖測定器による血糖測定と簡易試験紙による尿糖検査をする事、3月までは学校の体育を休むように言われました。食事を減らした結果、退院後1ヶ月位は朝食前の血糖値は90台を続ける事が、尿糖にも異常がありませんでした。

病院には月に1~2回ぐらい学校を早退して行っていました。しかし、3月ぐらいから朝食前の血糖値は110前後になっていました。欲求に絶えられなくなって徐々に食事量が多くなり、わずかにあったインスリンの自己分泌も無くなっていったみたいです。

4月には中学3年になり、主治医も女性のM先生から男性のO先生に変わりました。中高一貫校に通っていたので高校受験はありませんから気楽なものでした。
朝食前の血糖値は7月には130前後でしたが、9月には200前後になってしまい食事制限をする事が出来なくなり、体がだるくて体育も見学するようになりました。そしてこの状態で修学旅行にも行き、ますます悪化させました。食事制限がストレスになっていったのでそれもコントロールを崩す原因になったかもしれません。

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